はじめまして!「ふぉびー相談所」所長のふぉびーです!

今回は不安障害奮闘記の第4話です!
前回の記事で「不安・恐怖の対象に真正面から向き合うことが大切」というお話をさせていただきました。

今回は、高校入学からのお話をさせていただこうと思います。もしよろしければ、私の経験を参考に障害の克服へ役立ててくださいね!
不安・恐怖と真正面から向き合えば、症状は改善する
高校受験を何とか乗り越えた私は、地元の私立の高校へ入学することになりました。
入学式当日。
当然この日も不安障害から来る不快な症状に支配され、入学式後はずっと教室の机に突っ伏していました。

こんな状態がこれからもずっと続くのかと思うと、絶望感でいっぱいでした
みなさんも、不安障害・パニック障害の症状があまりにひどい状態のとき、「こんな状態がこれからも永遠に続くの…?」と絶望した経験があるのではないでしょうか?
ですが、そのような不快な症状たちが延々と長続きすることはありません!!
詳しくはコチラをご覧ください!
高校生活最初の週は、保健室と教室を往復するような状態でしたが、土日を挟み「こんな状況もいずれ自分の為になる」と(半ば気合で)強く吹っ切れたおかげで、次の週からは少しだけ体が軽くなり、症状もだんだん緩和されていきました。

そして次第に友人もでき始め、クラス内でコミュニケーションが取れるようになっていきました
クラスの友人たちと楽しく会話をしていくうちに、私の中で失われていた自信も、少しずつ取り戻せていたのです。
学校内だけでなく。休日も少しずつアクティブになっていきました。
家族でランチやちょっとした旅行にも行けるようになり、少しずつですが、不安障害は改善傾向に向かっていると感じていたのですが…

心のどこかで、何かの拍子で一瞬にして崩れてしまいそうな「心の危うさ」も感じていました…
心のどこかで感じていた「綱渡り状態」
順調と思われていた高校生活ですが、症状の改善傾向とは裏腹に、私は心のどこかで「このままで本当に病気が治るのだろうか…?」と疑問に感じるようになっていました。

それもそのはずです。なぜならこれは、単純に「今の生活に慣れた」だけで根本的な解決にはなっていなかったからです!
その疑念は、徐々に現実を帯びていきます。
だんだんと高校生活に疲れが見え始めました。「一回でも休んだらもう続けられそうにない」と感じながら学校に通うようになっていたのです。

みなさんもこのような経験があるのではないでしょうか? まさに「綱渡り状態の生活」になっていました
疲労の限界を迎えた心は「きっかけ」で暴発する
疲労が限界まで蓄積し、「綱渡り状態」になった心は、何かの「きっかけ」を待つようになります。
「きっかけ」とは「拳銃の引き金」のようなもので、何らかの拍子で引き金が引かれると暴発してしまいます。

私の心は既に「暴発寸前」だったのです
このような「綱渡り状態」は私だけの状態ではなく、誰しもなりうる可能性があります!
不安障害・パニック障害をお持ちの方は、感じたことのある方も多いのではないでしょうか?
私の心はそのような状態でしたので、当然長くは保ちません。
「きっかけ」は、ある日突然訪れました。
ある時、クラスメイトのふとした言動で「もしかしたら自分は嫌われているのかもしれない…」と感じるようになりました。
その際の一幕は、単純に困っていた仲間に対し役立つものを貸そうとしたら、拒否されたというだけのものでしたが…

疲労を重ね「過敏化した心」は、一見何でもないような事象に対し過剰に反応し、ネガティブな印象を強烈に与えてくるのです…!
私の心は完全に疲弊しており、「心が過敏状態」になっていました。
そのために、ハタから見れば全く気にする必要のないことに対し、私は過剰に反応してしまい、「自分は嫌われているかもしれない」と自分で自分を追い込んでしまったのです。

このような「きっかけ」で私の心は完全に「暴発」し、立て直すことが困難になってしまいました
この日を境に、私の体調は極端に悪化。一時は教室に戻れた時もありましたが、程なくして休学を余儀なくされ、結局は退学せざるを得なくなってしまったのです。
まとめ
私は高校生活を経て「自分の病気は確実に良くなっている」と信じて疑わず、自身の心の悲鳴に気づいてあげられませんでした。
そして「疲れたな」と感じていたとしても、「休む」ことへの恐怖、継続が経たれることへの恐怖で、それらを見なかったことにし、さらに自分を追い込んでいることに気付けないままでいました。

すべては、不安障害への無理解が招いた結果だったのです!
もし、不安障害の特性をしっかり理解したうえで、不安や恐怖と真正面から向き合ていたら…?
もし、「嫌われているかも」と感じたのは、「過敏化した心」が見せる「錯覚」だと見抜けていたら…?
きっと、迎える結果は大きく変わっていたでしょう。
当時の私は、不安や恐怖と真正面から向き合うことが克服への近道とは知りませんでした。
不安や恐怖から逃げることで心が落ち着き、いずれ障害を克服できると思い込んでいました。

ですがそれは、障害を克服する上で必要な行動とは全く真逆の行動だったのです!
不安障害・パニック障害への無理解は、障害克服への道を大きく妨げてしまいます。
障害への理解なくして障害の克服は無し!
みなさんには、不安障害・パニック障害について正しく理解することを、どうか心がけていただきたいです!!

それでは、また次回の記事でお会いいたしましょう!








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